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鹿児島地方裁判所 昭和33年(わ)463号 判決

被告人 松薗通

昭一一・二・一二生 農業

主文

被告人を死刑に処する。

押収にかかる空叺四俵(証第三号)籾(袋入)約五合(証第十二号)は被害者久保ミ子の相続人に還付する。

理由

(被告人の経歴等)

被告人は昭和十一年二月十二日鹿児島県川辺郡川辺町上山田の余り裕でない農家の五男として生れ、六才の頃父を喪い、以後母の手一つで育てられたが、小学校時代頃から頭部に湿疹を生じ、学友達に冷遇されることが多く、それ等の事情により社会適応性の乏しい陰気な少年として成長した。小学校中学校時代を通じて学業成績は劣等であつたが、中学卒業頃より素行不良となり、パチンコその他の遊興にふけり、或は野荒し等をなしたが、昭和二十九年十一月頃、自転車を窃取して中等少年院に送致され、又退院後も昭和三十一年十二月六日横領罪により懲役八月(執行猶予三年)の刑の処せられた。その頃被告人は母の農耕用の牛や昭和三十二年度産籾などを売つてはその金を遊興費にあて、母が叱責すればかえつて母に対し乱暴をし、ために家庭に風波が絶えず、又昭和三十二年大阪に短期間出稼ぎに行つたがそこでも友人の金を窃取する等、素行は治まらず、昭和三十三年十一月十日、当時被告人が保管していた中福良青年団の金約千百十六円を費消横領し、又一方同年十一月初旬頃より中旬頃にかけて再び母の目をぬすんで自家の籾を持出して売払い等をして遊興費にあてていたが、同月中旬頃にはもはや売るべき籾その他金目の物もなくなつた。被告人は力は人並優れ、中福良部落公民館に在る重さ約百二十瓩の力石を持ち上げ得る程であるが同月十五日頃から株式会社小牧組の土方として働きに出たところ、同僚の衣類を窃取したため同月二十四日解雇され、前借金等を清算のうえ賃金約千八百円を受取つたうえ川辺町に赴き、平生被告人の持ち出した籾を買つてくれていた同町有薗栄蔵から「明日籾を持つてくるから。」と千円借り受け、同町福永質店でジヤンパーを五百円で入質して加世田市に行き、パチンコ等をして遊び、同夜は同市の仲町屋旅館に一泊して翌二十五日午前一旦帰宅した。同日午後三時頃再び映画でも観ようと思つて川辺町下通り附近まで行つたが靴がいたんでいたので同所中島靴店で靴を修繕し、その代金を払つたところ残金は五百円位となつたのでパチンコをするにも映画を観るにも心細くそのまま同日午後七時頃帰宅した。

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三十三年十一月二十五日午後七時頃自宅において独り前記青年団に対する弁償金、有薗栄蔵等に対する返済金遊興費等について苦慮していたが金を貸してくれそうな人は思い浮ばず、遂に川辺町小原部落の女子供ばかりの家に押入り金銭を強奪して右返済金や遊興費等に充てようと決意し、変装用に中折帽子(証第八号)を目ぶかにかぶりマスク(証第一一号)をかけ、防寒のために手袋(証第一〇号)をはめ、脅迫用に木刀一本(証第四、五号の木片の原形)を携え、地下足袋(証第九号)を履いて、午後八時頃家を出たが、まだ強盗に押し入るには時間が早かつたので肩書被告人宅より町道約三百米北上して小原橋附近で夜の更けるのを待つていたところ、ふと、かねて顔見知りで屋内の勝手も知つている鹿児島県川辺郡川辺町上山田千百七十三番地久保ミ子(当時六十年)方は同人と当時十三年の三根スズ子の二人ぐらしで附近には他に人家なく、右ミ子は最近山を売つて小金を持つていると言う風聞を思出し右ミ子方に金品強取のために押入ろうと決意し、同日午後九時三十分過頃、右目的をもつて同女方に赴いたところ、未だ屋内で話し声がするので家人が寝鎮まるのを待つため同人方母屋と棟続の物置二階において藁のうえに数時間仮睡して時を過した。翌二十六日午前二時頃再び屋外より様子をうかがつたところ寝鎮まつた模様であつたので被告人は前記目的をもつて同女方玄関東側土間の出入口の雨戸一枚を開けて同所より屋内に侵入し、玄関の間で暫時気を落ちつけるため煙草を一服したうえ右ミ子、スズ子両名が就寝中の奥六畳の間に進み、右ミ子の掛布団をはぐつて「おきろ」と同女を起こしたうえ所携の前記木刀を突きつけつつ「金を出せ。」と脅迫したところ、同女が「金はないから借りて来てやる。命だけは助けてくれ。」と言いつつ逃げだそうとすると矢庭に前記木刀をもつて同人の頭部を一回強打(これにより右木刀は折れ証第四五号の木片となつた。)して同女をその場に昏倒させた。前記スズ子はこの物音に眼を覚まし、前記玄関東側土間出入口から屋外に逃走しようとしたところ被告人は同女に逃げられては犯行が発覚するから同女を殺害したうえ金品を強取しようと考え、後方より右手を以て同女を抱きかかえ、同家土間に在る直径約五十四糎、深さ約四米七十糎、水深約七十糎の井戸の蓋(証第一号)を左手で外したうえ驚愕の余り口もきけぬ同女を頭から右井戸の中に投げ込んだ。その直後被告人が室内に引返して見ると前記ミ子は同家北西側土間出入口より逃げ出そうとしていたので前同様の意思を以て同女を右井戸に投げ込むべく同女をその場で把えたが同女は被告人の手を振り切り、命だけは助けてくれと叫びつつ前記玄関東側土間まで逃れたところを同所で救いを求めて叫ぶ同女の口を右手で押えつつ右井戸端に引き寄せ、両手で井戸の縁につかまり必死に投げ込まれまいとする同女を前回同様頭から井戸に投げ込み、直ちに前記蓋をかぶせ、暫時様子を見守るうちに同女は井戸の中をよじ登つて井戸の蓋を押し上げ、手を出したのでその手を外して中に押し込み蓋で押えつけたうえ「あがつて来ると又打つぞ。」と同女を威赫したのち同家仏壇の間より籾入叺二俵、縁側よりそば入叺一俵(証第十六乃至第十八号)を持出して右井戸の蓋に載せて重しとなし、同女等が井戸より這出すのを防いで完全に同女等の反抗を抑圧した。その後約十五分間右井戸の側で煙草を吸いながら様子を見守り同女等が右叺三俵を押除けることができないことを確認したうえこれ程脅しても金を出さぬのだから真実金はないのだろうと思い、前記仏壇の間にあつた右ミ子所有の籾入叺四俵(時価合計約九千六百円相当)を強取したが、前記暴行によりミ子をして頭部並びに顔面打撲に由来する限局性蜘網膜下出血及び脳挫傷により、又スズ子を溺水に基く遷延性窒息によりそれぞれ同日頃右井戸内において死亡せしめて殺害したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

判示被告人の所為中、住居侵入の点は刑法第百三十条、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に、強盗殺人の点はいずれも刑法第二百四十条後段に該当するが、住居侵入と各強盗殺人の所為は夫々手段結果の関係にあるから、同法第五十四条第一項後段、第十条により結局重い久保ミ子に対する強盗殺人罪の刑を以て処断すべきところ、後記の情状を考慮し所定刑中死刑を選択して被告人を死刑に処し、押収にかかる空叺四俵(証第三号)袋入籾約五合(証第十二号)は賍物であつて被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法第三百四十七条第一項により被害者久保ミ子の相続人に還付することとし、訴訟費用は被告人が貧困のため納付することのできないことが明らかであるので、同法第百八十一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

(情状)

被告人は前示の如く健康で力は人並み優れているのであるから人夫等の肉体労働に従事すればその遊興費等は稼ぐのにさほど難くはなかつたと思われるのであるが被告人は勤労意欲にとぼしく、保管金を横領したり返済のあての無い借財をして遊興にふけつた結果金銭に窮して本件犯行を決意したものであり、その動機において全く同情の余地がない。本件犯行の態様等について見るに、偶発的犯行でなく極めて計画的に敢行されたものであり、犯行の発覚を恐れて易々と何等怨恨関係のない全く無防備無抵抗の老婆と少女の貴重な生命を奪い、然もその殺害方法は極めて残忍で天人共にゆるさないところである。被告人に若し一片の仏心があつたならば殺人行為着手後結果発生前に殺意を放棄して被害者等の死を免れしめる手段を講ずる機会は十分にあつたのであるが、被告人は却つて救を求める被害者等に更に脅迫を加えて井戸の中に追い落し、被害者の苦悶の情況を冷然と見守つていた。犯行後も盗品の処分金をもつて平然としてパチンコ、女買い等の遊興にふけり、犯行の発覚後も恬として悔悟するところがなかつた。本件犯行の社会的影響も亦重大であり、平和な農村も本件発生後は人心は不安に戦き、日没前より早くも野良仕事を切り上げて各々帰宅を急ぐ様になつた。又被告人の性格をその経歴及び本件犯行を通じて見るに、その反社会性は極めて強固なものと認められ、その性格の改善は期待し得べくもない。以上の事情にその他諸般の事情を考慮すれば、被告人は前途なお春秋に富む青年ではあるが極刑を以て臨まざるを得ないものと認める。被告人の反社会的性格はその少年時代の湿疹、家庭の貧困等による社会的冷遇に由来するものであることは認められるが、かかる事情をもつてするもなお右量刑を左右するに足りない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 古庄良男 小出吉次 竜岡稔)

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